桜田淳子2@70年代画像掲示板
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桜田淳子2 (60) 見た人の数 → 5689

1 jJA2cEN3OM (18/05/01 21:32)
前スレ ttp://002.shanbara.jp/70s/html/idol40nen007_2.jpg/
の続きです。70年代に、最も好きだったアイドルです。

画像は、単行本「花の三人娘」から、淳子のグラビアの9ページ目の下です。
喜怒哀楽を表現した4パターンの表情の中では、この表情が最も好きなので、スレ画にしました。
くるくるとよく動く大きな瞳で、上目使いをしている表情が好きです。


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2 LEzgo6UgNs (18/05/06 21:18)
単行本「花の三人娘」から、ファンレターの3枚目です。
75年に大ヒットしたダウンタウン・ブギウギバンドの「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」を引用した
ファンレターになっています。ユニークだったので、本に載ったのでしょう。


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3 LEzgo6UgNs (18/05/06 21:42)
単行本「花の三人娘」から、ファンレターの4枚目です。
淳子と同じく、中学の途中で秋田から東京に出て来た学生からのファンレターです。
実は淳子も、この中学生と同じく、親戚の家に預けられました。(大森の叔母の家)
でもこの中学生と違うのは、「スター誕生」で優勝し、両親の反対を押し切って
芸能界入りした事です。ちなみに大森の叔母は、淳子が秋田に住んでいた頃、
よく実家を訪れていて、叔母が話す東京弁を真似していたので、叔母の家でも寂しくなかったと思います。
デビュー時から標準語を話す事が出来たのは、叔母のおかげでしょう。


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4 rGCqQguCVo (18/05/11 23:10)
単行本「花の3人娘」から、桜田淳子のカラーグラビアの1〜2ページ目です。
カラーグラビアは、昌子・淳子の単独ページが10ページづつ、百恵の単独ページが11ページ、
3人一緒のページが3ページ載っています。


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5 rGCqQguCVo (18/05/11 23:21)
単行本「花の3人娘」から、昌子・淳子・百恵が一緒に写っているカラーグラビアの1〜2ページ目です。
映画「花の高二トリオ・初恋時代」の宣材用の写真だと思います。
それぞれの役名は、昌子がミドリ、淳子がアカネ、百恵がアオイだったと記憶していますが、
Tシャツの色は、このカット同様に、役名とは関係なく着ていたと思います。


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6 kVxlKIhBYg (18/05/16 21:33)
単行本「花の三人娘」から、ファンレターの5枚目です。
このファンは、私よりも早くファンになっています。私は、学研のコースで淳子を知ったので、
デビュー後2ヶ月ぐらい経ってからです。笑顔で写っている写真が多く、他のアイドルと比べて、
笑顔になっても顔が崩れないのが、好きになったきっかけです。
その後、明るくて自由奔放な性格なのが伝わって来て、ますます好きになりました。
しかしアイドルのレコードを買った事が無かったので、最初に買ったレコードは、
8thシングル「はじめての出来事」と遅くなりました。
ファンクラブも、一人暮らしを始めてから入ったので、かなり遅くなり、
会報のバックナンバーを集めたものです。


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7 K1mojX0oS2 (18/05/24 23:01)
単行本「花の三人娘」から、ファンレターの6枚目(最後)です。
このファンは、かなり強気です。映画「スプーン一杯の幸せ」は、私も封切り時に3回見ています。
(他の主演映画もだけど)。当時はビデオが無かったので、ファンがアイドルの主演映画を
繰り返し見るのは、当たり前でした。私は、映画館にラジカセを持ち込んで、録音していました。
私の友達も淳子ファンで、その友達はレコードを全部持っていました。
私は、「はじめての出来事」を買った後、2枚組のベストアルバムを買いました。

ファンレターを載せると、つい自分の事ばかり書いてしまいます。


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8 K1mojX0oS2 (18/05/24 23:14)
単行本「花の3人娘」から、桜田淳子のカラーグラビアの3ページ目です。
まだ14歳の頃の、デビュー当時のエンジェル・ハットをトレードマークにしていた淳子です。
後のアイドル評論家が、淳子のデビュー時は宝石で、百恵ちゃんは磨かれる前の原石と言っていました。
でも、このデビュー当時の表情を見ると、淳子も磨かれる前の原石という感じがします。
顔がまだ幼くて、ぼんやりしている感じです。スタ誕の一次予選から被っていたエンジェル・ハットや、
可愛い全体のファッションが、アイドルとしてのオーラを発していたのでしょう。


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9 dCpT6D3TEM (18/05/28 23:09)
単行本「花の3人娘」から、桜田淳子の魅力について分析している文章の1〜2ページです。
前半の、淳子の魅力を「どこにでもいそうなお嬢さん」と分析しているのは、
決して世の中の平均的な女の子像ではなく、学園のヒロインや、
小説・映画・マンガの主人公という意味です。つまり、親近感のある理想のヒロインという意味です。
「明るく快活で、くったくがなく、自分の行動は自分でテキパキと決めていくが、
 しかし決して常識にはずれたような事はしない。」見事にアイドルとしての淳子の魅力を表現しています。
この前半部分は、リアルタイムで読んだ当時から、賛成でした。
後半の、「スターとしての桜田淳子は、瞬間のイメージを長時間持続させるタイプの歌手だからだ。」は、
リアルタイムでは、納得出来ませんでした。
デビュー当時の幼い少女が、容姿も内面的にも成長していく姿を、リアルタイムで見せ、
それを応援するファンも、ともに成長していくという形が、
アイドルとしての淳子の魅力だと思っていたからです。


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10 dCpT6D3TEM (18/05/28 23:38)
単行本「花の3人娘」から、桜田淳子の魅力について分析している文章の3〜4目ページです。
しかしアイドルとして活躍していた当時から、何十年も経った今なら、納得出来ます。
ファンだった当時は、17〜18歳の頃の、全盛期の人気を誇っていた頃が、
一番可愛くて綺麗だと思っていました。しかし「夜のヒットスタジオ」等の当時の番組を、
21世紀に入ってから見直すと、それほどでもないように見えました。
むしろ、21歳前後の頃の方が綺麗でした。それは、客観的に淳子を見られるようになったからでしょう。
タモリが淳子ファンである事をカミングアウトしたのも、この頃です。
淳子ファンだった当時は、魔法にかかったような状態だったのでしょう。
「一目ぼれをした時の瞬間のイメージは、そのイメージだけが、頭の中でかってにおしゃべりしたり
 笑ったり泣いたりと、理想的にことをはこんでくれる。」過去を振り返って、思い出す部分があります。
その魔法を、この時代に最も有効にかける才能があったのが、桜田淳子であると書いているこの文章は、
鋭い分析だと、後に読み返して思いました。


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11 X9zwALixzc (18/06/01 23:12)
単行本「花の3人娘」から、桜田淳子のカラーグラビアの4ページ目です。
顔がまだ幼くて、ぼんやりしている感じの14歳のデビュー時から、
17歳になって、顔が痩せて、目鼻立ちがハッキリしてきた頃です。
磨かれる前の原石が、磨かれていった頃ですが、整形疑惑まで起こりました。

なお、この頃(月刊明星の75年7月号)の、秀樹と淳子の対談3ページ分を、
西城秀樹スレの7〜9に貼っているので、興味のある方はどうぞ。


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12 HLocBSB0DA (18/06/02 00:13)
単行本「花の三人娘」から、ファンレターが1枚抜けていたので貼ります。7枚目です。
「ぼくは君のごむまりみたいにはずんじゃう明るい性格が大好きです。」
私もそうでした。
「君のレコード回してると不思議に元気になっちゃうんだよね。」
シングル8曲目「はじめての出来事」から、15曲目「ねえ!気がついてよ」まで、
8曲連続で、メジャーコードのアップテンポで明るい曲をリリースし、すべて大ヒットさせた淳子。
聞いているファンが元気になるような曲作りに徹していました。これだけ明るい曲を連続リリースしたのは、
アイドルでは淳子が初めてであり、すべて大ヒットさせた事を含めると、
その後もソロでは例がないと思います。(臨時発売のシングル「白い風よ」を除く)
仲良しでライバルでもある百恵ちゃんが、マイナーコードの曲を得意にしていたのと、好対照です。
ファンレターの内容は、淳子とファンがともに成長していく、同世代感に満ちています。


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13 5MWQQrs/Wk (18/06/05 23:45)
単行本「花の3人娘」から、桜田淳子のカラーグラビアの5ページ目です。
整形疑惑が起こった頃の記事では、
「みんなからあの頃(デビュー時)より痩せたと言われるけど、そうでもないのよ。痩せたのは顔だけ。」
 だそうだ。つまりほっぺたの肉が落ちたので、全体に痩せたように見えるのだ。
 その結果、目が大きくはっきりとしてきたというワケ。
と書いてありますが、このグラビアを見ても、綺麗になった理由が、記事の通りなのが良く分かります。


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14 5MWQQrs/Wk (18/06/05 23:50)
単行本「花の3人娘」から、桜田淳子のカラーグラビアの6ページ目です。
サービス精神旺盛な淳子は、こんな変な顔も見せてくれました。
自称3枚目と言っている通りです。


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15 YbCKVNrpBw (18/06/09 22:09)
単行本「花の3人娘」から、当時の中年男が書いた文章が、6ページに渡って載っています。
他の二人は9ページづつなので、少ない方です。これは、その1〜2ページ目です。
中3トリオが台頭していった頃、確かに歌番組の中に入るコント等に対し、
テレビの学芸会という批判めいた事が言われていました。
美空ひばりとの比較で、中3トリオを学芸会と言われても、ピンとこないし、
特にコントでも真剣にこなす淳子に関する文章で、学芸会を持ち出すのは変だと、当時は思いました。
ちなみに、歌番組のコントを真剣に演じる淳子が、ふざけてダラダラやっている他の歌手を叱っている姿を、
山口百恵が目撃し、自分には叱れるほどの勇気はないと、語っていました。


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16 YbCKVNrpBw (18/06/09 22:28)
単行本「花の3人娘」から、当時の中年男が書いた文章の3〜4ページ目です。
後から読み直して見ると、淳子の「花物語」は、確かに中学生が歌う事を前提に作られていると思います。
作詞の阿久悠も、どこかで学芸会を意識していたのかも知れません。
当時は、先日惜しくも亡くなった西城秀樹を始め、セリフ入りの歌は珍しくありませんでした。
当時は、単にその一環としか捉えていませんでした。水道橋博士がCSの番組で中3トリオを
取り上げた時(2〜3年前だったと思う)、淳子の代表曲として「花物語」を挙げ、
後に女優として舞台でも活躍する淳子の特徴が、最も出ている曲と評していました。


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17 36ydugUs/k (18/06/13 22:20)
単行本「花の3人娘」から、当時の中年男が書いた文章の5〜6ページ目です。
桜田淳子を初めとする人気アイドルたちは、やはり同世代の擬似恋愛の対照だったと思います。
ファンの大部分が中学・高校生の男子だった事が、それを証明しています。
天地真理・南沙織・小柳ルミ子の3人娘の人気が、ファンと同世代である中3トリオの台頭によって、
急激に衰えていったのも、擬似恋愛の対照になり得なかった世代だからです。
最後は、桜田淳子が中年男の郷愁的慰謝のためにあると結論つけていますが、
それは「花物語」を歌っている時の桜田淳子だけでしょう。


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18 36ydugUs/k (18/06/13 22:54)
単行本「花の3人娘」の残りは後回しにして、ここからは中学二年コースを貼っていきます。
淳子と百恵がデビューした73年は、4月からの1年間を、淳子が学研の○○コースの顔になり、
百恵が旺文社の○○時代の顔になりました。デビュー時から、二人は学習雑誌において、
ライバル関係になってしまいました。私はコースを取っていた事が、淳子ファンになるきっかけになりました。
これは73年4月号で、次号予告に淳子の姿が載っています。
淳子が載っている雑誌で、私が持っている、最も古いものです。


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19 mVLJRkw3GE (18/06/19 22:44)
合わせて、シングルやアルバムのジャケットも貼って行きます。
シングルジャケットの出典は、すべて2003年発売のCD「桜田淳子BOX〜そよ風の天使」からです。
これは、73年2月25日リリースの1stシングル「天使も夢みる」のジャケットです。
エンジェルハットを被った顔のアップは、如何にも新人アイドルという感じです。


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20 mVLJRkw3GE (18/06/19 23:04)
1stシングル「天使も夢みる」のジャケット裏です。
新人らしくプロフィールが載っています。
デビュー当時の身長は155cmだった事が判ります。まだ14歳だったので伸び盛り。
この後載せる中学二年コースの73年5月号では、身長が157cmに訂正されていました。
作詞の阿久悠はスタ誕の審査員長で、番組のプロデューサー的立場にもいました。
作曲の中村泰士も、当時のスタ誕の審査員の一人でした。


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21 S98GEaR4y2 (18/06/23 22:05)
中学二年コースの5月号から、インタビューです。
デビュー間もない頃なので、1ページにも満たない扱いです。
デビュー前は、色々な男の子に目移りする、多感な淳子でしたが、
デビュー後には、男子観について「サイン会にいくと、もみくちゃにされて、やたらとさわりにくるの。
Hなのね。」と言っています。淳子の潔癖症は、デビュー間もない頃から芽生えたようです。
いくら芸能人とはいえ、中学三年では、「やたらとさわりにくる」男の子に対して、
悪い印象を持ってしまうのは、仕方ないでしょう。
身長・体重・BWHについて、「サバは読んでません。」と、ハッキリ言っています。


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22 ogyUaMGFK. (18/06/27 23:41)
中学二年コースの6月号のファッションコーナーに、2ページのカラーで登場しました。
人気上昇とともに、扱いが大きくなっています。その1ページ目です。
中学3年の淳子らしく、制服姿が載っています。この頃の中学では、女子はセーラー服が主流でした。
夏用の白いセーラー服姿が、決まっています。「淳子は純白。あなたは?」というキャッチフレーズの
ビクターのカラーテレビのCMを連想してしまいます。
ラフなジーンズ姿も可愛いです。サスペンダーに凝っていると言っています。
淳子はいかり肩なので、サスペンダーがズレる事はなかったでしょう。
パンタロンが下火になり始め、長めのGパンが流行り始めた頃だったと思います。


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23 ogyUaMGFK. (18/06/27 23:49)
中学二年コースの6月号のファッションコーナーの、2ページ目です。
Tシャツ姿では、選ぶコツが書いてありますが、淳子の細い綺麗な脚が見えるミニスカートと、
白いハイソックス(時代を感じさせます)の方に、視線が行ってしまいます。
一世を風靡したエンジェルハットのかぶり方も、伝授しています。


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24 or0.44RXKA (18/07/02 00:24)
中学二年コースの6月号から、芸能ジョッキーのコーナーです。
15歳のバースディパーティのレポートが載っています。
歌手デビューしてまだ2ヶ月弱の時の、初めてのバースディパーティなので、
感激もひとしおだったでしょう。
芸能人のバースディパーティの記事は、淳子の前からもありましたが、
中学生でのバースディパーティは珍しく、中3トリオによってバースディパーティが盛り上がり、
アイドルの定番イベントとして定着したと思います。


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25 or0.44RXKA (18/07/02 01:20)
中学二年コースの7月号から、淳子と浅田美代子の比較記事(その1)です。
百恵ちゃんは、まだ2ndシングル「青い果実」でブレイクする前であり、
デビュー当時の淳子のライバルは、2歳(学年では3歳)年上の美代ちゃん(浅田美代子)でした。
淳子がデビューした73年、新人ではアグネス・チャンがトップを独走し、美代ちゃんが2番手、
淳子はまだ3番手でした。レコード売り上げから見れば、最優秀新人賞を取れたのが不思議なくらいです。
性格では、美代ちゃんが「何事に対しても決断力は男の子以上」と、意外な事が書いてあります。
吉田拓郎との結婚や、きっぱりと芸能界を引退した事に、その辺が現れているのでしょう。
淳子は、「おとなしくてひかえめ」と、こちらも意外な事が書いてあります。
何事にも前向きに見える淳子にとっては意外ですが、その訳は次ページの手相占いに書いてあります。


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26 or0.44RXKA (18/07/02 01:58)
中学二年コースの7月号から、淳子と浅田美代子の比較記事(その2)です。
この手相占いは、当たっていると思いました。美代ちゃんの「タレントとしてはぶきっちょだが、
地のままで必ず成功する。」というのは、離婚後に復帰した芸能界で、元祖天然キャラとして成功しました。
淳子の「個性が強く、根性のあるタイプ」も、当たっています。「ホントはやや消極的という欠点を、
自分で積極的に行動する事によってカバーしていく努力の人だ。」淳子の仕草がオーバーに見えるのは、
消極的な自分を隠すため、ワザと積極的になり、仕草がオーバーに見えるのでしょう。
デビュー盤の勝負での枚数は、レコード会社の発表数字でしょう。オリコン調べでは、
「赤い風船」が50万枚近くを売り上げ、「天使も夢みる」は12万枚と、大きな差がついていました。
しかし美代ちゃんが、2曲目以降急カーブを描いて売り上げを落としたのに対し、
淳子は、新曲をリリースする度に売り上げが上昇して行ったので、最優秀新人賞を取れたのでしょう。
デビュー時の歌唱力は二人とも酷かったですが、淳子は持ち前の努力で、徐々に上手くなって行きました。


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27 I7sB8uW/fg (18/07/05 22:18)
73年2月25日リリースの2ndsシングル「天使の初恋」のジャケットです。
デビュー曲「天使も夢みる」と比べると、歌が上手くなっています。
これは、3ヶ月で歌唱力がアップしたのではなく、デビュー曲のレコーディングの時、
声替わりになって、上手く声が出ず、浅田美代子と同じような歌唱力に聞こえたためです。
(美代ちゃんは音程が定まらず、淳子は声が真面に出ないので、下手な歌唱でも内容が違います。)
「天使の初恋」で、スター誕生で優勝した頃の歌唱力まで戻りました。
それでも、当時の新人の中では下手な部類ですが。


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28 I7sB8uW/fg (18/07/05 22:30)
2ndsシングル「天使の初恋」のジャケット裏です。
当時の歌謡曲やアイドルソングは、平均3分程度の短い曲が主流でしたが、
「天使の初恋」は、何と2分5秒という極端に短い曲です。
そのため、テレビでもフルコーラス歌っていました。
テレビでノーカットで歌うために、短い曲にしたのかも知れません。
「天使も夢みる」も、2分23秒と短い曲ですが、これは淳子が声替わりで上手く声が出ず、
短くしたのでしょう。


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29 I7sB8uW/fg (18/07/05 22:37)
↑27の訂正:73年2月25日リリース→73年5月25日リリース

画像は、中学二年コースの7月号から、「天使の初恋」を歌う姿です。


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30 9htnA1GKh6 (18/07/09 00:34)
中学二年コースの7月号から、「天使の初恋」の歌詞と音符です。
コースはA5の雑誌ですが、29とこの30は、もっと小さい紙面でした。
雑誌内の小さい紙面だったのか、別冊だったのか、古い事なので覚えていません。


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31 LujEO4UJCE (18/07/14 00:04)
中学二年コースの8月号から、森田健作との対談の1ページ目です。
森田健作がいる事務所なら安心だと思って決めたサン・ミュージック。
(後に第二希望だった事が分かります。)
その先輩・森田健作との対談が、5ページに渡って載っています。


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32 LujEO4UJCE (18/07/14 00:18)
中学二年コースの8月号から、森田健作との対談の2ページ目です。
「自由を束縛されて、まるで自分じゃないみたい。スケジュールにじっと耐えてまーす。」
と言うデビュー当時の淳子に、森田健作が適切なアドバイスをしています。
まだ中3トリオ以外に中学生のアイドルがいなかった当時、心強かった事でしょう。
サン・ミュージックを選んだ淳子は、間違っていなかったと、当時思ったものです。


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33 04t1SiGWds (18/07/17 23:31)
中学二年コースの8月号から、森田健作との対談の3ページ目です。
「おれは男だ!」を初めとする健全な学園ドラマで人気爆発した森田健作は、
そのドラマの主人公と同じような常識人です。
その先輩からアドバイスされ、淳子も常識人になっていったのでしょう。
思った事をすぐ口に出してしまう淳子は、その後、「暴走族が大嫌い」と常識人としての発言をしてしまい、
暴走族に追い回される結果となり、その淳子を守るために結成された
「JBA(Junko Bodygard association)」が、女性アイドルの親衛隊の先駆けとなりました。


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34 04t1SiGWds (18/07/17 23:56)
中学二年コースの8月号から、森田健作との対談の4ページ目です。
学業と仕事の両立は、中3トリオの頃から大変になります。中3トリオの前にも、美空ひばりや
吉永小百合といった大スターがいましたが、歌手・女優と仕事が分かれていました。
アイドル全盛時代になると、歌手以外にも様々な仕事が増えて来て、殺人的スケジュールになります。
当然、学業の方にそのしわ寄せが来て、堀越学園のような芸能コースを持つ学校も生まれます。
淳子や百恵が立派だったのは、その堀越学園に転校しないで、高校まで卒業した事です。
「自分が選んだ道だもん、頑張らなくっちゃ。」
最近、麻丘めぐみが、当時仲の良かった南沙織や浅田美代子を含めて、「私達スカウト組は、
オーディション組のやる気にはとても敵わなかった。」と話していました。
そのオーディション組の中心は、中3トリオを初めとするスター誕生出身者でしょう。


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35 .bpHE/lYgA (18/07/21 22:10)
中学二年コースの8月号から、森田健作との対談の5ージ目です。
学習雑誌だけあって、最後は学校の勉強の話になります。
ちなみに淳子の好きな科目の中に理科が入っているのは、
品川中学で理科を教えている先生が好きという単純な理由でした。


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36 .bpHE/lYgA (18/07/21 22:19)
中学二年コースの9月号から、プレゼントコーナーです。
イラスト好きの淳子なので、イラスト入りの品物が揃っています。
「淳子・ひろみ・五郎・美代子」と書いてあります。
この時期はまだ、百恵とヒデキは出遅れていました。


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37 GmSSbKo1yo (18/07/25 21:43)
中学二年コースの9月号から、美代子と淳子の写真履歴書のコーナーの1ページ目です。
この頃まで、淳子のライバルは、2歳(学年では3歳)年上の美代ちゃん(浅田美代子)なのが、
このコーナーからも分かります。


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38 GmSSbKo1yo (18/07/25 21:51)
中学二年コースの9月号から、美代子と淳子の写真履歴書のコーナーの2ページ目です。
幼少の頃からオテンバな感じがする淳子と、3歳の時のまァるいお顔が可愛い美代ちゃんの比較です。


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39 mzxZUTauC6 (18/07/29 23:40)
中学二年コースの9月号から、美代子と淳子の写真履歴書のコーナーの3ページ目です。
淳子が小五の時に出たチビッ子のど自慢の司会をしていたのが、三波伸介で、
73年10月からのドラマ「てんつくてん」で共演しています。
淳子は、小六の時からエンジェル・ハットを愛用していました。
小学校の卒業式の時には、既にデビュー当時の面影があります。
対する美代ちゃんも、中3の頃には、顔の輪郭がまん丸ではなく卵型になり、
デビュー当時の面影が出て来ています。


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40 rX4YqkU61Q (18/07/30 00:00)
中学二年コースの9月号から、美代子と淳子の写真履歴書のコーナーの4ページ目です。
淳子のボディチェックです。
この時点では、寝つきが良く朝7時起床と書いてありますが、
3ヶ月後には、仕事と学校の両立が大変になり、学校に遅刻する事も、度々ありました。
淳子の近眼は有名でしたが、実は昌子も百恵も近眼で、テレビ局では近眼トリオと言われていたそうです。
中でも淳子は、右目が0.01と極度の近眼です。
身体が細いわりにヒップが大きい淳子は、出っ尻と言って嫌っていました。


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41 IaU09B8TKQ (18/08/05 22:57)
73年8月25日リリースの3rdシングル「わたしの青い鳥」のジャケットです。
エンジェルハットを被るのをやめた初めてのシングルなので、タイトルに「天使」が付かなくなりました。
淳子の顔と名前がお茶の間に浸透したので、これからアイドルとして様々なジャンルに
取り組んで行こうとする意図が窺えます。
前2作と比べると、淳子のあどけなさや初々しさよりも、可愛らしさを強調したジャケットになっています。
歌の方も、前2作と比べて、淳子が伸び伸び歌っていて、爽やかさが伝わります。
そのため、前2作を超えるヒット曲になり、更に年末の新人賞レースでこの曲を歌い、
レコード大賞最優秀新人賞まで取ったため、ロングヒットとなりました。


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42 IaU09B8TKQ (18/08/05 23:05)
3rdシングル「わたしの青い鳥」のジャケット裏です。
この曲から、当時のシングルの標準的な長さである3分前後の曲になりました。
ちなみに「わたしの青い鳥」の歌いだしの部分「ようこそここへ」は、
88年春に、光GENJIが「パラダイス銀河」を大ヒットさせるまで、
「わたしの青い鳥」のメロディで世の中に浸透していました。
光GENJIのブームが去ってからは、また「わたしの青い鳥」のメロディとして、復活した感じです。


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43 9Ritp3oYto (18/08/09 21:27)
中学二年コースの10月号には、桜田淳子がスター誕生を受けてから、デビューするまでの話が、
6ページに渡って、載っています。その1ページ目です。


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44 9Ritp3oYto (18/08/09 21:53)
中学二年コースの10月号の、2ページ目です。
導入部は、73年6月20日、故郷の秋田で行われたスタ誕にゲスト出演した時、
ふる里の暖かい声援に感激して泣いた事。それが頭の中から離れず、帰りの寝台列車で、
寝つかれない事が、書いてあります。

この当時の歌手は、新曲を最初に歌うのは「夜のヒットスタジオ」が多かったですが、
スタ誕出身者だけは、スタ誕で最初に新曲を歌う事になっていました。
最近の番組で、岩崎宏美がその事を言っていて、懐かしく思い出しました。
(岩崎宏美は、振りを覚える暇もなくスタ誕で最初に歌い、その内最初だから、
 出身のスタ誕だから、という甘えから、新曲を歌う時に間違えるのがクセになり、
 阿久悠に「このままでは伸びない」と指摘されたそうです。淳子はどうだったんでしょうか。)


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45 ytwNAT0BD. (18/08/14 00:42)
中学二年コースの10月号の、3ページ目です。
導入部の、寝台列車で寝つかれない話は、スタ誕決戦大会に出場するために乗った、
東京へ向かう寝台列車で、期待と不安のため寝つかれない話に繋がっていました。


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46 ytwNAT0BD. (18/08/14 00:57)
中学二年コースの10月号の、4ページ目です。
「どうした、いつもの勝ち気なお前らしくないぞ。みんな期待と不安でいっぱいさ。」
父の一言でリラックスした淳子。母親は、芸能界入りに反対していました。
一度決めたら譲らない淳子の性格を知っているので、反対しても無駄だと母親が思ったと言う話は、
当時から知っていましたが、父親は賛成だったのでしょう。
淳子が30歳ぐらいの頃に他界した父親が、会社員だった頃、会社で演劇サークルを作っていて、
宴会でも盛り上げるので有名だったそうです。父親の葬式で、父親の友人達が話しているのを聞き、
初めてその事を知り、自分はそんな父親の血を受け継いでいると思ったとの事です。


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47 HhWsISi.tE (18/08/18 01:44)
中学二年コースの10月号の、5ページ目です。
スタ誕の決戦大会史上最高の、25社からスカウトのプラカードが上がった事は有名ですが、
スター誕生のウィキには、テレビ予選で獲得した573点も、スタ誕史上最高の得点と書いてありました。
私の記憶では、淳子が合格した翌年の73年に、730点ぐらいを獲得し、
「演歌の怪物・ハイセイコー」のキャッチフレーズでデビューした藤正樹が、
史上最高得点だと思っていましたが、記憶違いかも知れません。
秋田駅で見送りをした父親は、「高校を必ず卒業させる事」「20歳までは間違いがないように育てる事」
を芸能界入りの条件として、事務所の福田チーフ・マネージャーに伝えます。
そのため現場マネージャーの他に、ボディガードをしていた女性を付き人として付け、
四六時中、間違いがないように見張っていました。
27で「声替わり」と書きましたが、記憶違いでした。デビュー曲「天使も夢みる」で、
声が真面に出ないのは、東京のスモッグにのどを痛めつけたれたためでした。
当時は、公害問題がまだまだ酷い頃でした。


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48 HhWsISi.tE (18/08/18 02:01)
中学二年コースの10月号の、6ページ目です。
「もう泣いちゃいけない。だってプロだもん。もう泣かないぞ。」
レコード大賞最優秀新人賞を取った時は、71年の小柳ルミ子、72年の麻丘めぐみと、
感激のあまり涙が流れて歌えなくなる姿が、視聴者に受けました。、
そのため淳子が取った時も、司会の高橋圭三を始め、みんなで淳子を煽り、泣かそうとしました。
しかし最年少の淳子は、必死に涙をこらえながら歌いました。その姿が印象的だからこそ、
今でも淳子のVTRが流れる時は、最優秀新人賞を取った時の映像を使うのでしょう。


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49 6F5XIg8sdU (18/08/21 20:58)
75年9月25日発行の単行本「花の3人娘」に戻って、カラーグラビアの7ページ目です。
スポーツが苦手な淳子らしく、ボート(カヌーかな?)のオールを持つ手が、ぎこちないです。
翌年の映画「遺書・白い少女」では、共演の田中健と一緒にカヌーを漕いでいました。
努力家の淳子らしく、その時はぎこちなさはありませんでした。


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50 6F5XIg8sdU (18/08/21 21:11)
単行本「花の3人娘」の、カラーグラビアの8ページ目です。
このカットも、ビキニを着ています。水着は、73年(15歳)の時は、ワンピース。
74年(16歳)の時は、セパレーツ止まりでしたが、17歳になった75年、
ついにビキニ解禁になりました。6月5日発売の11枚目のシングル「十七の夏」の、
大胆な歌詞に合わせて、ビキニを解禁したのでしょう。
満面の笑みを浮かべていますが、テレ笑いかも知れません。


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51 H4YsiXhxmo (18/08/25 22:24)
単行本「花の3人娘」には、「三代の三人娘をくらべてみれば」と題した文章が、
16ぺージに渡って載っています。その1〜2ページ目です。
先代の2世代の三人娘が、ポピュラーソングの影響を強く受けているというのは、
シングルヒットに、日本語に訳詞したポピュラーソングがあるからです。
淳子や百恵も(と言うより70年代アイドルのほとんども)、日本語に訳詞したポピュラーソングを
歌っていますが、それはLP収録曲であったり、コンサートで歌ったりしていただけで、
シングルにはしていません。60年代後半にGSブームが起こるまでは、歌謡曲=演歌であり、
先代の三人娘が演歌以外を歌うには、日本語に訳詞したポピュラーソングしか無かったからです。
60年代後半に、和製ポップスを作る職業作詞家・作曲家が次々に誕生し、GSブームを経て、
70年代アイドルブームが起こります。それでも、1年に2枚のLPをリリースする人気アイドルは、
職業作詞家・作曲家が作る和製ポップスだけでは足りず、ポピュラーソングをLPに入れていました。
なお70年代までは、邦楽を歌謡曲と総称し、洋楽をポピュラーと総称していました。


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52 H4YsiXhxmo (18/08/25 23:08)
単行本「花の3人娘」から、「三代の三人娘をくらべてみれば」の3〜4ページ目です。
新春かくし芸大会で、東軍より西軍の方に、人気歌手が多かったのは、この番組が、
渡辺プロ制作(フジテレビと共同)で、渡辺プロ所属の人気歌手に西軍が多かったためでしょう。
当時の渡辺プロは、人気歌手の多くが所属していました。その渡辺プロ一強体制に、
日本テレビが対抗するために作ったのがスター誕生なので、
「北に結ぶ抵抗線」が出来たのは、日本テレビとしては、してやったりだと思います。
スター誕生は、全国各地で地区予選を行っているので、人気歌手が全国に分散する効果も果たしたと思います。
いずれ、アイドルを出身地別にリストアップしたいと思います。
渡辺プロに対抗意識を持っていた1番手がホリプロであり、堀ちえみは「大人の事情で、
新春かくし芸大会には出られなかった。」と言っていました。昌子・百恵は、出ていたと思います。

50訂正:74年(16歳)の時は、セパレーツ止まり→ビキニを着たグラビアがありました。
     それも16歳直前の15歳の頃です。


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53 m1exTRPIvo (18/08/29 22:39)
単行本「花の3人娘」の、カラーグラビアの9ページ目の上です。
喜怒哀楽を表現した4パターンの表情の、喜の表情です。スレ画にした画像は、楽の表情でしょう。

(51の補足)
70年代前半のアイドルは、ポピュラーソングをLPに収録するだけでは足りず、
同業のアイドル歌手の持ち歌やフォークソングもカバーして収録していました。
(当時は、カバーという言葉はありませんでしたが。)
60年代後半から、GSブームに隠れながらも、演歌以外の和製ポップスを歌う大人の歌手が台頭し、
70年代前半まで、大活躍しました。(布施明・由紀さおり・いしだあゆみetc)
しかし70年代後半は、ニューミュージック勢の台頭によって、和製ポップスを歌う大人の歌手は、
ヒット曲が出なくなり、職業作詞家・作曲家たちは、アイドルにより多く曲を提供するようになるため、
アイドルのLPは、オリジナル曲で埋める事が出来ました。しかし、コンサートで日本語に訳詞した
ポピュラーソングを歌う傾向は、花の82年組あたりまで続きました。
これは、アイドル歌手の歌唱力を向上させるために行われたと思います。


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54 m1exTRPIvo (18/08/29 22:45)
単行本「花の3人娘」の、カラーグラビアの10ページ目の上です。
喜怒哀楽を表現した4パターンの表情の、哀の表情です。
なお、怒の表情は淳子に相応しくないため、載っていません。
映画やドラマの中で、怒る演技が得意と言っている淳子ですが、
ストーリーが無い写真では不自然になるので、載せなかったのでしょう。


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55 oypDUjYTq6 (18/09/04 23:25)
単行本「花の3人娘」から、「三代の三人娘をくらべてみれば」の5〜6ページ目です。
小柳ルミ子(S27年生まれ)・天地真理(S26年生まれ)・南沙織(S29年生まれ)の三人娘は、
昭和20年代後半〜30年代前半生まれの、色々な意味で中途半端な年代によってしか、
その共有性を獲得できなかった。と書いてあります。端的に言えば、昭和34年の皇太子様(現天皇陛下)
の結婚の生中継によって、テレビが急速に普及し、中途半端な年代は、娯楽の中心が映画からテレビへの
移行期に子供時代を過ごし、それ以降の年代は最初からテレビっ子だったという事です。
加えてアイドルファンの中心が、中学〜高校生に移行したのも、男性ファンは花の中3トリオ、
女性ファンは新・御三家が影響しているはずです。上記三人娘が短命だったのは、
小柳ルミ子・19歳直前、天地真理・20歳直前、南沙織・17歳直前と、デビュー時の年齢が、
南沙織以外は、高かったためでしょう。その後の、麻丘めぐみ・16歳、アグネス・チャン・17歳、
浅田美代子・16歳は、南沙織を含め、小柳ルミ子や天地真理のような急激な凋落はありませんでした。


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56 oypDUjYTq6 (18/09/04 23:50)
単行本「花の3人娘」から、「三代の三人娘をくらべてみれば」の7〜8ページ目です。
先代の三人娘(園まり・伊東ゆかり・中尾ミエ)と対極に位置する、
御三家(橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦)の結成が、東京オリンピックの影響を受けているのに対し、
花の中3トリオや新・御三家(野口五郎・西城秀樹・郷ひろみ)が、国の大行事が行われていない時期に、
何故結成されたかという、問いかけになっています。答えは、次ページに書いてあるので、
それを載せた時に。ところで、札幌オリンピックが開催された時の公式テーマ曲
「虹と雪のバラード(トワ・エ・モア)」については、触れていません。
しかし公式テーマ曲とは関係ない、加藤登紀子が歌った「知床旅情」が、
「虹と雪のバラード」より大ヒットした事は、良く知られています。
モスクワオリンピックの公式テーマ曲「俺たちの時代」を歌ったのは西城秀樹。
日本を含め、ボイコットする国が相次いだので、すぐに次の曲に切り替えました。
2020年の東京オリンピックの公式テーマ曲、非公式の曲は、どちらがヒットするでしょうか。


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57 UeMPwgONg6 (18/09/09 23:33)
単行本「花の3人娘」の、カラーグラビアの10ページ目の下です。
喜怒哀楽を表現した4パターンの表情で、怒の表情の替りに、淳子らしく口を大きく開いて、
満面の笑みを浮かべている淳子スマイルが載っています。


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58 UeMPwgONg6 (18/09/09 23:42)
単行本「花の3人娘」のカラーグラビアの最後は、高2トリオのカットです。
これも、映画「花の高二トリオ・初恋時代」の宣材用の写真で、印象に残っています。
昌子がミドリ、淳子がアカネ、百恵がアオイというそれぞれの役名ですが、
持っている傘の色は、百恵ちゃんだけ青で役名と合っています。
淳子と昌子は、何故淳子が赤、昌子が緑の傘にしなかったのでしょう。
まさか、信号機の色を意識していたりして。


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59 dF0eQDdRwM (18/09/14 00:22)
単行本「花の3人娘」から、「三代の三人娘をくらべてみれば」の9〜10ページ目です。
私が小学校低学年の頃は、ウルトラマン・ウルトラセブン等の怪獣ブームの真っ只中でした。
小学校高学年になると、巨人の星・アタックNo.1・タイガーマスク・あしたのジョーといった
スポ根アニメブームでした。私は、タイガーマスク派で、妹がアタックNo.1派でした。
中学生になる直前は、仮面ライダーによる変身ブームと、帰ってきたウルトラマンによる
第二次怪獣ブームでした。小学校2年の頃、親にレコードプレイヤー(ステレオではない)を買ってもらい、
上記テレビ番組の主題歌のレコードを、買いまくっていました。
この文章に書いてあるように、この時代は子供が聞ける歌はほとんどなく、小学1年の時の
「ジェンカ」(坂本九)と、ここに書いてある小学3年の時の「365歩のマーチ」(水前寺清子)
ぐらいでした。天地真理がデビューしたのが、小学6年の後半で、麻丘めぐみ等がデビューし、
周りでアイドルブームが起こったのは、中学生になってからです。


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60 dF0eQDdRwM (18/09/14 00:50)
単行本「花の3人娘」から、「三代の三人娘をくらべてみれば」の11〜12ページ目です。
80年代前半デビューのアイドルが、天地真理や麻丘めぐみを良く歌っていたと知り、最初は驚きましたが、
彼女たちの幼稚園〜小学校低学年の頃は、既にアイドルブームが起こっていたから、当たり前の事でした。
80年代以降、南沙織や天地真理に始まるアイドル歌手の歴史を解説した文章を色々読みましたが、
アイドル歌手がなぜ誕生したのかは、この文章が、同時代を生きた人間として、最も説得力があります。
「それがほとんど10年周期であらわれてくる。」80年代アイドルブームは、70年代のそれを、
ほぼ9年ずらしてトレースすると、見事に一致します。90年代は、アイドル冬の時代。
2000年代は、グループアイドルの時代でした。見事に10年周期です。
2010年代も後1年と少し。後に何と言われるのでしょうか。
タヌキ型・キツネ型については、長くなるので、また別の機会に。


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