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1 gxNLhy02QE (11/04/11 13:33) 石原裕次郎を崇拝してる人って、 もう年齢的にも少ないんだろうな。
ginzanokoinomonogatari.jpg [380 x 286 - 24KB] 削除 2 ilE8rcb9KU (11/04/12 03:30) 昭和30年代生まれならまだまだいるぜ 3 28IFOT0cRQ (11/04/12 10:07) ゆーじろはどうでもいいが るり子最高!!! 4 ilE8rcb9KU (11/04/12 10:27) 憎いあンちくしょう。 これだね。裕次郎とルリ子なら。 nikui.jpg [170 x 241 - 52KB] 削除 5 o6FUt1sRmo (11/04/12 13:44) 兄と弟が逆だったら好かったのにと思った俺、「人間失格」 6 PA128ygr0Q (11/04/13 18:51) 裕次郎は生来身体が病弱。健康的なスポーツマンタイプなのに現実は違った。 足を痛めてバスケットを断念して、少し足を引きずって歩いていたが、それがトレードマークの 裕次郎独特の歩き方になって真似する若者も多かったとか。 結婚してすぐにスキー事故で複雑骨折。度重なるレントゲン撮影で、生殖機能を喪失したと言われている。 こんな人なのに、大学時代からキャバレー通いや遊びが大好き。 兄貴の慎太郎は金を工面するのに苦労したとか。 ビールが大好きで、日活撮影所には専用の冷蔵庫が置いてあって、誰が飲んでも構わないといつもビールが 満杯だったとか。撮影中に酔っぱらっていたこともしょっちゅうだった。 気前の良さと腰の低さ、後輩や先輩、同輩の面倒みの良さからか、芸能界に敵がいないとも言われた。 ただし、映画、黒部の太陽の制作では五社協定が彼の最大の敵と言われ、石原プロが破綻寸前まで追い込 まれたこともあった。 酒好きが祟って昭和54年には大動脈瘤の破裂で死にかけた。 昭和62年、最後は父親が亡くなった同じ年齢の52歳で逝っちゃった。 7 obGt3nUyoE (11/04/17 03:01) 1_1.jpg [269 x 349 - 79KB] 削除 8 obGt3nUyoE (11/04/17 03:01) 2_1.jpg [254 x 350 - 79KB] 削除 9 obGt3nUyoE (11/04/17 03:01) 14.jpg [307 x 321 - 83KB] 削除 10 6fCMxjyc3w (11/04/17 22:52) ルリ子いいけど もっと大きいの貼れや 11 XBTUOWQQ0U (11/04/18 14:16) 憎いあンちくしょうを買いましょう 12 xeM.lhZ/C. (11/05/14 21:08) >>6 >>度重なるレントゲン撮影で、生殖機能を喪失したと言われている。 それって、医療事故でしょ。 なんか悲しいよね。 13 xeM.lhZ/C. (11/05/14 21:10) >>石原裕次郎を崇拝してる人って、 もう年齢的にも少ないんだろうな 確かに。今の30代は「太陽にほえろ!」を知らないよ。 14 NBoZdxDNmw (11/05/19 01:28) 学生の頃だったけど、京王線の国領駅からだったと思うが、だらだらと歩いて多摩川の方向へ出て見ようと 歩いていたら、石原プロダクションの看板を見つけて「あれ!」っと思った。 のどかな田園というわけでも無いけど意外と人家もあって牛小屋までも近くにあって田舎臭いところに 建っていた。 その後、これは元々裕次郎が奥さんと結婚した当時に住んだ家だと聞いたけど、今はどうなっているんだろう。 15 XsOu2ZuBsc (11/05/21 17:48) 裕さん、あの時代に182センチって、すげーデカかったろうね。1960年代当時の平均身長って、どれ位だったんだ?? 16 jfe2.U8nAk (11/05/23 03:12) 今でも平均身長は170そこそこですからそれはでかいでしょう。 年齢は父親世代ですけど、兄貴だったらいいなって思います。 いろんなことを教えて貰えそう。 そういえば長門さんがお亡くなりになりましたね。 太陽の季節が本人がいうところのデビュー作。 長門さんとの共演をその時に見たわけではないけど見たらやっぱりすごく光ってました。 同世代の俳優さんたちがだんだん鬼籍に入られる時代になって、やはり早く亡くなりすぎです。 17 D0yhmwhLo6 (11/05/30 23:06) 今だと187〜188くらいの感覚かな? 18 c6KX8aLpTo (11/07/05 10:45) ヘビースモーカーで浴びるほど酒を飲み続けて 揚句に愛人の家で倒れて早死にした男に過ぎず。 19 p5ZNniEpzk (11/07/06 15:22) [sage] 愛人って誰よ? 20 pK/PaQnQeY (11/07/17 20:43) 命日あげ 21 RRiREdQuk6 (11/09/03 03:34) 兄の慎太郎は、特攻映画の総指揮をしたというが、裕次郎は戦争映画が嫌いで 作品自体も少ない。 デビューして間もない頃の人間魚雷出撃すの出演後、戦争映画は二度と出ないと 明言しているくらいだけにその後零戦黒雲一家まで無い。 零戦黒雲一家はどうみてもアクション映画で元がノンフィクションの戦記が原作とは思えない。 痛快とも言えるけど暗い雰囲気へ流れて行く戦争映画から言えばこれも戦争へのアンチなのかも。 当時、戦争世代にも受けが良かったというのも面白い。 その後、逃亡列車では避難する住民を乗せて満州の原野を逃げていく映画なのだが、戦争映画と 言うより日活お得意の男臭い友情とアクション映画。 裕次郎らしいというのだろうか。 戦争と人間では、関東軍と対立する外交官役。ちょっとファンには物足りないけど彼には最大の 譲歩だったのかも。 22 PnCT0wM5pk (11/09/22 01:31) 幕末太陽伝では流石に違和感あったな 23 lnpe7ZNLOw (11/09/22 16:23) 太陽伝は、フランキー堺と、フランキーの同級生の小沢昭一がやたら目立つんで なんか主演というには無理があるみたいな作品だったような。 もう少し正規版のDVDを出して欲しいな。 海賊版もどきの画質の悪い日活映画が出回りだしているけど買ってガックリした。 24 745jKcqQtM (11/10/27 11:34) 「幕末太陽傳 デジタル修復版」 ttp://www.nikkatsu.com/bakumatsu/ 25 2nYnLmvgRA (12/01/16 08:40) 石ノ森正太郎の漫画で太陽伝があるけど、キャラや雰囲気が裕次郎の出た幕末太陽伝から借りてきた みたいな感じ。筋は別物だけど、見比べてみると面白いかも。 26 MwsMepMfA2 (12/03/31 13:32) なんでこんな芋いのがスターになれたんやろ? 27 crpkZbKdaE (12/04/03 01:35) 裕次郎は二枚目ではないというのは本人も認めているし、裕次郎を語る上では公認の話になっているから その通りでしょう。 よく言われるのは上原賢などのそれまでの二枚目俳優との異質さ、そんな二枚目たちに無い逞しさと、 自然に出てくる明るいスポーツマンっぼい雰囲気と育ちの良さ。 それまでの松竹の俳優さんたちのナイーブで、ちょっともろい二枚目や、東宝の軽くて明るい二枚目路線と も違う新しい魅力を作ったというべきか。 無修正動画最強サイト「カリビアンコム」続々新作追加
6 PA128ygr0Q (11/04/13 18:51)
裕次郎は生来身体が病弱。健康的なスポーツマンタイプなのに現実は違った。 足を痛めてバスケットを断念して、少し足を引きずって歩いていたが、それがトレードマークの 裕次郎独特の歩き方になって真似する若者も多かったとか。 結婚してすぐにスキー事故で複雑骨折。度重なるレントゲン撮影で、生殖機能を喪失したと言われている。 こんな人なのに、大学時代からキャバレー通いや遊びが大好き。 兄貴の慎太郎は金を工面するのに苦労したとか。 ビールが大好きで、日活撮影所には専用の冷蔵庫が置いてあって、誰が飲んでも構わないといつもビールが 満杯だったとか。撮影中に酔っぱらっていたこともしょっちゅうだった。 気前の良さと腰の低さ、後輩や先輩、同輩の面倒みの良さからか、芸能界に敵がいないとも言われた。 ただし、映画、黒部の太陽の制作では五社協定が彼の最大の敵と言われ、石原プロが破綻寸前まで追い込 まれたこともあった。 酒好きが祟って昭和54年には大動脈瘤の破裂で死にかけた。 昭和62年、最後は父親が亡くなった同じ年齢の52歳で逝っちゃった。 |
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